シチリアから来た彼女
終わりの見えないプログラミングを途中で止め、オフィスのみんなと食堂に向かっていると、親しいインターン生が僕の隣にやってきた。
「さっき私が言ったこと、分かった?」と僕に訊いた。僕は首を振った。
オフィスを出発する前、彼女はみんなに向かって、
「今日はデザートを持ってきたから、食後にここで…」と言っていた。
それは聞き取れたが、どうしてわざわざ持ってきたのかは分からなかった。
土日で旅行にでも行ったのではないかと想像していた。
しかしそうではなかった。
「今日でインターン終わりなんだ」と言われて、僕は一瞬息が詰まった。
彼女はシチリア出身で、歳は恐らく僕と同じくらいだと思う。
イタリア語がよく分からず、孤立しがちな僕に、彼女はいつもゆっくりと話しかけてくれた。
(イタリア人は話すのが速い。ゆっくり話すようお願いしても、数分も経たないうちに元の速さに戻ってしまうので、ほとほと困っている)
最近、より仲が深まってきたのを感じていただけに、彼女の報告はとてもショックであった。
勝手に、来年の3月まで僕と同じようにここにいるものかと思っていた。
昼食を採りながら、僕はぼんやりといくつかのことを思い出していた。
ラーメンの話をすると、「ああ、あのNARUTOの食べるものでしょ」と彼女は言った。
NARUTOを読んでいない僕は、そういえば食べていたかな、と何となく頷いた。
見た目によらずゲーマーのようで、ゼルダの伝説や、スマブラの話を振ってきたこともあった。
僕も小中学生の頃はゲームしかしていなかった。
懐かしく感じる一方、任天堂のゲームは世界中どこでも遊ばれているんだなと感心した。
悲しいというか、気分はすっかり沈んでしまって、誰かの話に笑う気にもならなかった。
昼食の味はあまりしなかったし、何を食べたのかすら今は思い出せない。
フォークを動かしながら考えていたのは、僕がインターンを終えてここを去るとき、一体何を思うのだろう、ということだ。
彼女一人と別れるだけで、こんなに様々なことを思い、重たい気持ちになってしまうのに、あと4か月も経てば、このテーブルにいるすべての人びとと別れなければならない。
それ以上考えても仕方がなかったので、僕はとにかく食べることに集中した。それでも何を食べたのか憶えていない。
食べ終えて口の周りを拭いていると、目の前に座っていた定年間近の女性が僕に尋ねた。
今日の昼食はいつものより美味しかった?
僕は喉の奥から味を絞り出すように、二回頷いた。