真面目に生きるのも楽しいよ

イタリア帰りの理系大学院生が、真面目でいることを自己肯定するために、勉強・大学の研究室・英語などなどについて綴ります

悩んだあげく日産

インターンを終えて、微妙な満足感を覚えながらバスに乗った。

今日は5分遅れでやってきて、「おお、早い! ラッキー」と乗車。

タブレットで小説を読んでいると、あっという間にバスは僕の停留所の一つ前までやってきていた。僕は、日本のバスにもある「チーン」というあのボタンを押した。

「次停まります(イタリア語ver、ちゃんと読んだことがない)」という文字が、バスの天井付近で光ったのを確認して(たまに光らないことがある)、僕はドアの前に移動した。

 

 

バスは橋の下を抜けていく。僕の停留所が見えてくる。

そのまま走って、スピードを緩め

ずに通り過ぎた。

 

えっ、である。見間違いかと思ったが、僕がいつもバスを降りて歩く道が、さーっと窓の向こうを流れていき、未知の道(!?)が現れていた。

 

嘘だろ、ともう半笑いで周囲を見渡しても、この停留所で降りる人はまあいないので(いつも僕だけが降りる)、誰も停留所を通り過ぎたことに気付いていない。

「え~...」と口から漏らしている間に、次の停留所に到着し、バスは何事もなかったかのように停まった。

僕も何も言わずに降りて、「いつもより長く歩けるけん、健康になれそう」と歩き始めた。

 

またバスか、と言われそうだ。またバスです。

 

書きたいことがありすぎて、どれにしようかとかれこれ20分ほど悩んでいる。

結局何も書けていない。なので、日本のニュースに触れたいと思う。

 

 

日産が大変なことになっている。言わずもがな、かの有名なゴーン氏が逮捕された。

もう皆さんご存知だと思うので、詳しいことは記さないが、イタリアでもこの件は既に十分広まっている。それもそのはず、日産の車はトリノで最もよく見かける日本車の一つだ。トヨタがやはり一番多いが、日産の車もそれに負けないくらい、よく走っている。

昼食中、隣に座っていた男性に「ゴーン氏を知っているか」と尋ねると、その直前まできらきらと笑っていた顔が一気に曇って、ああ、と深刻そうに頷いた。僕は何だか悪いことをしたような気になった。

 

海外にいると、日本のニュースが入りにくい

ということは一切なく、自分で調べようと思えば、いくらでも調べられる。

 

会長が逮捕された直後、日産の社長が行った記者会見の目録を目にした。

その前に、もう他のニュースで既に情報は色々と取り入れていたので、内容に関してはあまり記憶に残っていないが、記者のある一つの質問がどうしても頭から離れない。

 

それは「ゴーン氏はカリスマだったのか? 暴君だったのか?」

という質問である。

 

質問の意図は分かる。恐らく、日産の救世主として名前の知られていた、彼の本当の顔を暴くつもりでいたのだろう。

権力を握れば、どんな人でもその力に溺れてしまい、企業のために働いていた人も、いつの間にか私利私欲に走り、金をもぎ取ってしまう。

そういったシナリオを築きたいのは分かる。具体的な例は出てこないが、「権力が人をだめにするんやで~」という概念は、何となく僕らの中に根付いていると思う。

 

しかし、どうだろう。社長にそれを尋ねるのは。

「ええ、あの方は暴君でした」と返せば、「どうして今までその暴君を放っておいたんだ」となりかねない。

「カリスマです、あの方は」と返しても、日本の思考だと「容疑者を庇った」とでも騒ぎそうだ。

答えようのないことを聞かれた社長は、他のことを話していた。

 

そもそもこの質問は幼稚で、どうでもよいものだと僕は思う。

カリスマか暴君か、などただの異名に過ぎず、本来どうでも良いことだが、仮に異名を付けるとしても、過去の業績や今回の件が明らかになれば、自ずと付けられていくものだろう。

この質問を元に、カリスマであったとか、暴君であったとか、そういった記事が書かれたとしても、それは週刊誌の一記事と変わらない、噂話に過ぎないのではないだろうか。

 

日産はイタリアでも知られているような、日本の自動車を背負う企業の一角である。

その会社をめぐって、日本に、世界に激震が走っている中、逮捕された会長の印象など、どうでも良いものではないだろうか。

そういった誰かの主観が混じったニュースよりも、今は客観的な事実に基づいた報道が大切ではないかと思う。

 

バス、車、日産と容易な気持ちで話を繋げたのを後悔してしまうほど、真面目な話題になった。

たまには、いい、と思う。