真面目に生きるのも楽しいよ

イタリア帰りの理系大学院生が、真面目でいることを自己肯定するために、勉強・大学の研究室・英語などなどについて綴ります

イタリアのスパルタさん

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僕の職場にはスパルタな女性(50代)がいる。今日もシバかれた。

 

会社で一番うっと胸が締まるのは、彼女と話している最中だ。

浮き気味の僕にいつも話しかけてくれるような、大変優しい方なのだが、会話中に僕がイタリア語に詰まってしまうと、いつも、

「ほら――、早く早く早く、何止まってるの」

とパンパンと手を叩く。焦って余計言葉が出なくなった僕に、彼女はいつも

「――、もっとイタリア語勉強しないと。ここに来た頃と全然変わってないじゃない」

と無慈悲に言い放つ。そうなると、参ったなあ、と頭をかく他ない。

 

今日のシバかれ方はちょっと特殊で、17時を回り、さあ帰ろうかというときに、

(研究関係だからか、17時半にもなると、オフィスからほとんど人がいなくなる。)

僕は誰に言うでもなく「ドゥマカー」と言った。

 

ドゥマカー、というのはここピエモンテ州の方言らしく、綴りも知らないのだが、

「家へ帰ろう」というハッピーな意味を持つ。

 

それを逃さず聞いた彼女は、とても驚いていた。

どこでそれを覚えたの? と興味津々に僕に尋ねてくる。

 

友達に教えてもらった、けど、これしか分からないよ、

とちゃんと言ったのだが、彼女はまあスパルタなので、

うねのえんれあうをくぬnえrtな

と話し始める。は!? とあっけに取られる僕を見て笑っている。その上、分からないでしょうね、と茶化してくるではないか。分からんわ。

皆目分からなかった。とにかく、な行の音が多いような、ぬるぬるとした言葉であった。

フランス語っぽいっちゃあ、フランス語ぽかった。

(書きながらふと思ったが、ピエモンテはフランスに近く、その影響を多々に受けているので、案外フランス語っぽいというのは間違っていないのかもしれない)

この方言の習得は何年も住まないと無理だろうなあ、と思った。

 

その後、彼女が家まで送ってくれた。帰り道の途中に、僕の家があると言っていた。

彼女の車は赤いアルファロメオだ。かっこいい。

「もう10年以上乗っているから古い車よ」と言っていたが、全くそう見えなかった。

 

車の中でも勿論、イタリア語の指導に熱が入る。頑張って話してみるが、やはり

「上達してない」の一言を食らう。うっと詰まる。

 

そういえば、と彼女が言った。「どういう経緯でここにいるの? 試験受けたの?」

またこの説明か! ん、いや、彼女には二週間前にしたぞ!? イタリア語で!!

と思ったが、胸の中に収めて、僕は再び同じことを繰り返す。

 

「大学のプロジェクト?」と訊かれて、いや、違う、と説明しかけたが、

「あれ、政府って何て言うんだっけ」とド忘れしてしまった。

(政府の、っていう説明が正しいのかどうかも良く分かんないけれど)

 

仕方なく英語で、governmentの、と言ったが、

「governmentって何?」とすぐに返されて、あ、そうか、彼女は英語が......と気付く。

僕はイタリア語がダメだが、彼女の英語も微妙なのだ。今までコミュニケーションが取れてきたこと自体、何だか凄いことのように思えてきた。

政府っぽい言葉を僕は英語で言いまくった。(Politics! Country! Politician!)

ひどい連想ゲームだ。

 

「ああ!? 分かんないわ!」と彼女も強い。ああ、もう伝わんねえと思ったそのとき、

 

「governoだ」

 

と思い出した。僕はその瞬間、

ゴヴェルノ! ゴヴェルノ! ゴヴェルノ? 発音合ってる? ゴヴェルノオオオ!!

アルファロメオの中で大声で繰り返した。ああ、ゴヴェルノ、と彼女が(多分引きながら)言った。

 

よし、伝わった、と安心した矢先、

「で、ゴヴェルノが何なの?」

ああ、と僕は口をパクパクさせながら、アルファロメオのシートにすっかり身体を沈めた。

 

ほんとに勉強頑張ろう、と思った。