真面目に生きるのも楽しいよ

イタリア帰りの理系大学院生が、真面目でいることを自己肯定するために、勉強・大学の研究室・英語などなどについて綴ります

あなたの本の選び方

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前回の投稿が奇妙なものになってしまったので、笑

今回はちょっと真面目に本について。

この記事が、本探しのお役に立てれば......。

 

 

 

前書き

僕は学内の理系学生の中では、最も本を読んだ自信があります、

と言い切るのは、上がいそうで怖いですが。笑

 

少なくとも学内の理系学生の五本の指に入るくらいの冊数は読んできました。

大学1~4年生の間は、読んだ本のタイトルをちゃんとメモして、毎月、毎年その本を数えていました。合計1300冊超。

 

当時は多いと思っていましたが、今は別に冊数はどうでも良いです。

思うとしたら、すくねえな、というくらいです。笑

最近ほとんど読めていないので、相当不満が溜まっています。

 

学部生の頃から、「どういう本がおすすめ?」と聞かれる機会が多かったんですが、実はこの質問、ちゃんと考えようとすると、ものすごく難しくて答えようのない質問なんです。

 

なぜこの質問が難しいのか?

本の選び方とは?

一人ひとりに合う本って?

どうして本を読む必要があるのか?

 

そういったことを、今日たまたま考えていたので、

記事を書きながら深めていき、皆さんと共有できたらな、と思います。

 

  

かるーく僕の読書遍歴

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僕は子どもの頃から本が大好きでした。小学生の頃から既に本の虫

 

給食を誰よりも食べ終え(どうでも良いけれど昔はかなりぽっちゃりしてました笑)、

お盆をどけて、図書バッグから本を取り出し、ドヤ顔でダレンシャンを広げていたのを憶えています。

担任の先生が不思議そうな顔で近寄ってきて、本の表紙を持ち上げ、タイトルを確認していたのも憶えています。笑

 

当時もらっていたお小遣いは毎月500円

(すくなっ!! まあ小3だったらそんなもんか)。

それを三か月貯めると、1500円に。三か月ごとに僕は本屋さんに行き、

ダレンシャンを買い集めていました(消費税はお母さんに)。

ようそんな地道な......と今は思いますが、当時は全然苦じゃなかったというか、

我慢していたような記憶はありません。

まあ使い道もないですもんね、子どもの頃なんて、お金。

ダレンシャンは今でも実家にあります。三巻だけ買ってないんですけれど。

三巻はあまり好きじゃなかったんですよ、当時。 バンパイアクリスマス。笑

バンパニーズが初登場する重要な巻なんですけれどね。笑

 

その後、デモナータも全巻買いました。

ダークな雰囲気がとても強烈かつ刺激的で、たまりませんでした。

あんな奇妙な世界をしっかりと読者にイメージさせる力を、

作者のダレンシャンさんはお持ちだったんだろうな、と今は思います。

当時はアホみたいにただ買って何度も読んでいただけでした。笑

 

高校を卒業して、大学に入るために一年間浪人をしましたが、

その間、読書に本腰を入れるようになり、受験勉強をしつつ120冊の本を読みました。

(受かったから良かったですけど、受験失敗してたら親に何と言われたか.....笑)

 

熱心に読んでいたのは、もっぱら日本文学。

太宰治夏目漱石三島由紀夫遠藤周作大江健三郎といった

日本の良き文学に触れました。

書くとキリがない。

 

(敬称略が辛い。本当は、さん、とか、様、とかつけたいんですけれど、

夏目漱石さん」って書くと何か気持ち悪いので、泣く泣く敬称略です。笑

以下、同じ)

 

一方、伊坂幸太郎石田衣良といった現代の日本文学にも触れてきました。

 

無事大学に合格し、入学式までの春休み。父の本棚から村上龍さんの本を見つけ、

何気なーく読んでみると

なんとまあ。何だこれ。笑

衝撃の処女作、「限りなく透明に近いブルー」を読みました。まあ堪らない。

一気に虜になりました。

 

大学時代に取った本の移り変わりをちゃんと書くとキリがないので、ざっくりと。

 

1年生の頃は、ドストエフスキーゲーテ、ヘッセといった海外文学を読む一方、

川端康成村上龍小川洋子川上弘美、島本理央などの日本文学にハマっていました。

2年生に上がる直前に事故って、人って簡単に死ぬんだな、と感じ、小説だけでなく哲学にも触れるように。

ウィトゲンシュタインが特に大好きです。全集も全部買う財力はありませんでしたが、一冊だけ買いました。笑

プラトンにも特に熱を入れて......。

3年生は新書が多め。安保のことや原発に興味を持ち、そういった社会的な本を。

4年生は「読むもんか」と思っていた村上春樹の本を手に。笑

それまで読まなかったことを強くつよく後悔しました。

そして同じころ全集制覇にもチャレンジ。

ヘルマンヘッセの全集を1から読み始めました。

15巻(16巻の全詩集も読んでないけど)だけあえて残しています。

15巻には大長編であるガラス玉遊戯が収録されています。

日本帰ったら読むぞー。

 

以上が、簡単な僕の読書遍歴です。

ここで言いたいことは、読む本の系統やジャンルは時期によって大きく変わるということです。

 

 

どうして人に本を勧めるのは難しいのか

その時のあなたの性格、周りの状況、何を考えているかによって、

読める本、読めない本は決まると僕は考えています。

 

だから、質問をしてくれた方に対して、心にぐっときた名作を挙げることは出来ますが、

それらは結局、その本を読んだときの僕の心に迫ったものに過ぎず

他人にも同じような感動をもたらすかどうかは全く分かりません。

 

映画を例にとると分かりやすくなると思うんですが、

世界的名作と呼ばれているものを観てもピンと来なかったり、

流行りの映画が全く面白く感じられなかったりした経験はありませんか?

テーマや込められたメッセージにある程度興味や関心がないと、

いくら周りが良いと言っているものでも、なかなか感動ができないものです。

そして、そういった興味、関心は時期によって変わっていくもの。

また、作風というか描き方(本でいう文体?)にも好みがあるので、

そもそも観られない、観ていてイライラする映画というものもあるでしょう。笑

 

観る映画のタイプが一人ひとり違うように、読む小説も一人ひとり違うはずなんです。

じゃあ誰も当てにできないじゃん、

となりそうですが、案外そういうわけでもありません。

 

 

尊敬している人や性格の似ている人の読む本を参考にする

合う本、合わない本は、その人の好みや考え方に依るので、

あなたのことを全く知らない誰かから

「この本は世界的名作やで! 読むんやで!」

と言われても、その名作があなたの心に響くことはほとんどないでしょう。

 

逆に、あなたのことを良く知る人や、考え方が似ている人の好む本は、

きっとあなたにも合うはずです。

近しい友達の読んでいる本でも良いでしょう。

友達とあなたは、性格や考え方がきっと似ているからです。

尊敬している人のお勧めする本でも良いでしょう。

その人の考え方に共鳴できているからこそ、尊敬は生まれるものだからです。

 

  

よくある「~~社の選ぶ50冊」は当てになるのか

本屋さんに行くとよく「~~社の選ぶ50冊」といった小さな冊子が置いていますが、

あれは当てになるのでしょうか。

 

僕にとっては微妙です。笑

(見つければ手に取り、目を通してきたので、飽きたのもあるんですが。笑)

 

びみょ~な理由は、今まで述べてきたことに関係しています。

ああいった冊子は様々な人が手に取るので、

あらゆるジャンルやタイプの小説について広く紹介されています。

 

ただ、使い方次第でかなり便利なものになるというか、

好きな本を探すための地図のような役割を大いに果たしてくれるでしょう。

 

あそこに書いてある本が全てあなたにとっての名作であったり、

理解すべき、読むべき本というわけではなく、

当たり外れのどちらも含んでいます。

 

難しそうな本ばかりで嫌だとか、こういう本が理解するのは無理だとか、

そういった見方をする必要は全くなく、「ふーん」と軽い気持ちで眺めて、

「あ、これ面白そうだな」と気になった本を試しに手に取ってみるだけで十分です。

 

難しそうな本や興味のない本を「人気があるから......」といった理由だけで

読む必要は全くありません。無理に読んでも、本がちょっと嫌いになるだけです。

興味はあるけど難しくて読めそうにない本も、

頭のどこかにひとまず置いておいて、読めるときが来るのを待てばいいんです。

 

ちなみに僕は本を選ぶとき、初めの数ページを読んでみて、

字が小さく見えたら読めない、大きく見えたら読める、

という自分なりの変な判断基準を持っています。笑

「今は読みたくないな、この本」と直観的に思うときは、

どういうわけか文字がとても小さく見えるんです。

心理的なものからでしょうけれど。 

 

 

思っていたよりもかなり長くなった。笑

ので、続きはそのうちまた書きますね。さらに長くなってしまいそうで;笑

 

古典はやっぱり良いとか、小説の読む意味とか、僕なりの意見を書いていこうと思うので、興味のある方は是非次の記事も楽しみにしていてください。