まだ一度も猫に触れていない。

猫派って、犬も好きですけど、犬派の方って猫嫌いの方多いですよね......何故でしょう。

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

今、以下の文章を書き終えたんですが、相当長くなってしまいました。申し訳ありません!笑

音楽でも聴きながら読んでくださると良いかな、というわけで、僕の好きな曲を貼りたいと思います。

もし興味があれば、是非、聴いてみてください。

Father John Misty - Please Don't Die
 
(Father John Mistyの大ファンなんです......! この方を紹介する記事を書こうと企んでいますので、お楽しみに......!)

 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

僕のインターン先には、猫がいる。

今日も見かけた。食堂近くの木の下で、葉の隙間からこぼれる光を浴びて、微笑むような顔をしながら、眠っていた。三匹の猫がぽつんぽつんと、近過ぎず、離れ過ぎてもいないところで、それぞれ、眠っていた。

僕は一緒に帰っていた人びとから離れて、猫の方に寄った。チ、チ、チ、と舌を鳴らすと、僕とちょうど向かい合うようにしていた一匹の猫が、ゆっくりと目を開けた。瞼の他には何も動かさず、じっと僕を見ていた。僕がそれ以上近寄らないのを確かめて安心したのか、再び目を閉じて眠りについた。僕が舌を鳴らしても、ついさっきのように目を開けることはなかった。

 

イタリアに来てから、まだ一度も猫に触れていない。

猫の姿は何度か見かけている。それこそ会社では三日に一度くらいのペースで出くわすし、住宅地を歩いていると、せっせと道路を渡る彼らにも頻繁に出会う。

その度に舌を鳴らして手招きをするが、こちらの猫は警戒心が強いのか、全く寄ってこない。逆に、舌の音に反応して僕の顔を見た途端、ぴゅーと何処かへ走り去ってしまう。アジア人の顔に慣れていないのかな、と僕は想像している。

 

僕の実家は猫を三匹飼っていた。そう、つい最近まで飼っていた。

みー、りん、まお、の三匹だ。

僕は名付けに携わっていない。新しい猫を飼うことになると、母か、妹がそれらしい名前をポンポンと言い合い、何となくしっくりきたものが、そのまま名前になっていく。

 

みーは、僕が小学5年生の頃にやって来た。

家の前で車を洗っていた父の元に、ひょっこりと現れたらしい。それまで家の近くで、みーの姿を見たことは一度もなかった。

玄関を開けると、みーは前から知っていたように、家の中へ入ってきた。みーを見た母は大喜びした。というのも、母は大の猫好きであった。子どもの頃、母は10匹以上の猫を飼っていた。ほとんど放し飼いだったらしいが、とんでもない数だ。「猫は死ぬ前にふといなくなって、何処か遠いところで死んじゃうの」そんなことを教えてくれたのも母であった。

母は、飼おう飼おう、と言ってみーを離さなかった。父はあまり良い顔をしなかった。父は犬派であった。それでも恐らく一歳を過ぎたばかりのみーを見て可愛くなってきたのか、黙認のような形で、みーを飼うことを許してくれた。

 

りんは野良猫ではなかった。何処かの家で生まれたりんを、僕たちの家族がもらうこととなった。

りんはいつから僕たちと一緒にいたのか、どういうわけか憶えていない。僕が中学2年か3年、そのくらいの時期に来た気もするが、あれ、もう僕は高校に入学していたような気もしてくる。

丁度、思春期真っ盛りというか、あまり家族のことを気にかけていなかった。今思い出すと恥ずかしいのだけれど、とにかく家にいたくなかった。

しかし確かに憶えていることが一つだけある。それは、りんがやってきた頃からしばらく、僕はみーをとても可愛がった。というのも、母も妹も、新しくやってきたりんばかりに構うようになって、みーがぽつんとリビングで座っていることが多くなったからだ。何だかかわいそうであったし、僕は新入りに媚びるほど単純でもない。りん、りん、と囃し立てられている間、僕はそっと席を立ち、みーの方によって、その頭を撫でていた。

しばらく経つと、僕が立ち上がらなくても、みーの方から僕に寄ってきてくれるようになった。僕の脚や、腕に、その小さな頭をいっぱい擦りつけてきた。みーは野良出身なので、クールというか、なかなか懐かない猫であっただけに、この変化は飛び上がる程嬉しかった。

 

まおは一番幼い。僕が大学1年生の頃にやってきた。まおもまた、野良猫であった。

まおは、僕の家の近くにあるコンビニの入り口で、すんと座っていた猫であった。ここなら餌がもらえると思ったのだろうか。まあなかなか賢い猫なのかもしれない。

ご近所さんがそのまおを見て、「まあ可哀そうに、誰か拾ってくれないかしら」ということで、話が回り始めて、すぐ「それならあそこの家族が猫好きだから......」と僕たちの家族が上がったようだ。と言うわけで、まおはうちにやってきた。

まおに初めて会ったのは、成人式で僕が実家に帰った日のことであった。僕の顔を見るなり、媚びるようにすりすりと寄ってきて、腰を下ろした僕の膝にぴょんと飛び乗ってきた。人懐っこい猫だな、とそのときは思ったが、それ以来、膝に乗ってきたことは一度もない。あのときの膝乗りはきっと、捨てられないように気に入られなきゃ、と張り切った行為であったのだろう。

まおの目はオッドアイと呼ばれるもので、左右で目の色がくっきりと違う。青色と、黄色だ。

オッドアイの猫は何かと縁起が良い、らしい。

まおを飼い始めた直後、僕は首と背中の骨を折るなかなかの交通事故に遭ったが、死なずに済んだ僕に、母は「まおのおかげだね」としきりに言っていた。事故に遭った時点で、取り返しのつかないほどの不幸が僕を襲っているのだが、僕は何も言わずに笑って流した。

 

 

長々と書いてきたが、つまり、僕は猫好きなのだ。

日本を発つとき、何が悲しかったかと言うと、彼らにもう会えないことが一番であった。

特に、みーは小5以来の付き合いのため、猫にしてはもうなかなかの高齢だ。

家を出る僕に、父がぼそっと

「もうみーには会えないかもしれんねえ......」

と言った。そう言われる前から、僕はとっくにその覚悟をしていた。

それでもやっぱり悲しかった。

 

 

僕の実家は猫を三匹飼っていた。つい最近まで。覚悟はしていた。

いつだろう、先週だろうか、イタリアにいる僕に母からメッセージがきた。一匹の猫の写真が貼られていた。

その内容に僕は一瞬固まってしまった。

 

「マイケルです。よろしくね」

 

餌の入った皿に顔を埋める子猫の写真であった。四匹目か、と僕は一人で笑っていた。

日本に帰る楽しみがまた一つできた。マイケルという、よく分からない名前の彼に早く会いたくてうずうずしている。

 

三匹にも元気にしていて欲しい。

f:id:uno_fktr:20181123041154j:plain

みーです。